「貝と羊の中国人」、隣国の歴史を大雑把に分かった気になる本

普通選挙の導入に伴い指名委員会による候補者の選別という制度に反対する香港での大規模なデモが報道されている。民主主義を導入せず開発独裁を続ける中国、そんな中国への関心もあって、父が勧めた「貝と羊の中国人」という本を興味深く読んだ。

著者は漢字の成り立ちから、中国の歴史を紐解き、日本人と中国人の性格の違いについて述べている

          • 貝の文化、羊の文化

三千年前の中国で起きた異種の種族の衝突
豊かな東方の地を本拠地とっする殷人的気質を「貝の文化」と呼び、中国西北部遊牧民族と縁が深く周人的基質を「羊の文化」と著者は名づけている。

豊かな海の幸と農耕により栄えた「貝の文化」の殷人は地面から湧いてくる自然の恵みに囲まれ多神教になりやすく、一方、大草原や砂漠に住む遊牧民族は空から大きな力が降ってくる、という一神教になりやすい。

華僑の商才に象徴される中国人の現実主義は、「貝」である。儒教共産主義に象徴される熱烈なイデオロギー性は「羊」である。

この異質な二つの性向の使い分けが、中国人の強み

          • 中国人の頭のなか

中国語の成り立ちから彼らの大づかみ式合理主義を感じ取る事ができる。
例えば、中国語には日本語でいう助詞がなく、また、動詞の活用もない。

「我喫餃子」「我喫食堂」を日本語に直訳すれば、「私、食べる、餃子」「私、食べる、食堂」となって、餃子を、とか、食堂で、という副詞がない。常識的に考えて、食堂を食べる人はいないのだから、助詞など不要という合理主義の反映らしい。

また、食べるという動詞「喫」に過去形はなく、現在でも過去でも同じ「喫」で済ませている。過去か現在かは文章の前後関係から判断できるから。

人口抑制せよと警告した馬寅初を迫害した毛沢東は人口の多さは武器になる、と人口増加政策を取りった。その結果、1959年の大躍進の失敗で餓死した農民は1500万人、文化大革命でも1000万人が非正常死亡したと言われている。「一人っ子政策」が始まったのは毛沢東が亡くなった1976年以降のこと。

首都が辺境にある国家は強く、首都が国土の中央にある国家は戦争に弱く短命である、というのは世界史の経験則だ。

北方騎馬民族により北京一帯を奪われ滅びた王朝は中国の歴史上数多くあり、歴史の教訓に鑑み毛沢東中華人民共和国の首都を北京にした。蒋介石中華民国が南京に首都を構え、後に日本軍により陥落されたのとは対称的。

近代の国名は固有名詞+立国理念からなっている
アメリカ合衆国フランス共和国ブータン王国、など。

中国の国名は立国理念のみ、中華人民共和国。日本の国名は固有名詞のみ、日本国。今更、日本共和国、とも日本帝国とも、よびづらい。

江戸から明治にかけて日本人が考案した新漢語が、そのまま中国に輸入され、現代中国語は半分が日本語になった。中華は純粋な中国語だが、人民、共和国、政府、いづれも日本から輸入された外来語である。

この本を読んでいて感じたのは、日本人が報道で目にする中国は、その一面でしかないのだな、という事。

反日運動、尖閣諸島、そんなニュースばかりを目にしていると、多くの中国人が日本嫌いのように思えてしまうけど、日本を観光で訪れる人の増加や、観光客の日本に対する好印象、等、市民レベルでみれば、両国民とも、相互に文化交流を深め、身近な関係に徐々になっていく事は間違いない。

そのために、お互いの国の歴史を学び、かれらの気質を理解する事で、日常の交流にも、また政治的な動きについても理解できるようになっていく。

その一助足りうる本だと思う。