雨にも負けず 小説ITベンチャー 高杉良
大学の剣道部時代からの友人で米国で起業した小畑浩志君、彼とは1994年偶然成田空港で再会、ネットの時代のクロネコヤマトをやるんだと熱く語っていた。
当時は海外出張先からはダイヤルアップで接続、niftyアカウントのメールで職場と連絡という時代で、イントラネット、暗号化、ファイアーウォール、セキュリティ、等という言葉並べて説明されたけど、自分にはその技術の価値は理解できなかった。
1995年に、米ボストンにてe-Parcel.Inc を創業、日本での事業展開の為、2000年にこの小説の主人公北野譲治氏をスカウト、この小説では小畑君は財津CEOという名で登場する。
企業小説の第一人者の著者高杉良氏は、この会社の現CEO北野氏の産経新聞インタビュー記事を目にしてコンタクトを取り、彼の実直な人柄に惹き込まれ小説にしたくなったそうだ。
本小説の中で一番面白かったのが、ボストン在住の財津CEOが一時来日して北野氏を口説く場面。すでに日本で保険代理店を起業してた北野氏を世界初の電子物流市場を一緒に立ち上げましょうと大風呂敷を広げ、あなたの能力を見出した私の直感には間違いないと延々と口説き続けた財津CEOの姿。あふれる自信、思い込みの強さ、創業者には欠かせない気質なのかも?
2002年に財津CEOは家族をボストンに置き、帝国ホテルに単身滞在、毎夜北野氏をステーキ等肉料理に付き合わせ、メタボ体型となった北野氏は友人である医師より忠告を受ける羽目に。
一方、財津CEOは毎日ホテルのプールで泳いで体型を維持してたとかで、その圧倒的な行動力と迫力に北野氏も化け物と財津CEOを評していた。
このイーパーセルというベンチャー企業は2012年にヤフーやグーグルを特許侵害で訴訟した会社としても知られていて、データ再送信、プッシュ通知、自動圧縮、等、今聞いたら当たり前な技術だが、1990年初頭に出願できてた事は驚きだ。技術力の高さはNECや富士通の折り紙付きで、2000年9月に日興プリンシパルから10億円の融資を獲得してた
起業家を目指してた北野氏は、学生時代の花屋でのバイトで接客を学び、大学卒業後保険会社の契約社員として働き高い実績を上げ、そして保険代理店を起業する。
物語の前半は、彼の両親、友人達との交流、恩人達との関係、そして物語の後半には潰れそうになったこの会社を立て直す彼の活躍ぶりが描かれている
高杉良が「最後の小説」のモデルに選んだ、伝説の経営者の生き様
https://gendai.media/articles/-/64941
この小説の主題はゼロからイチを生み出す創業者と1から100を生み出す経営者とでは求められる資質が違うという事
高杉良氏にとって最後の企業小説、とても面白い人間ドラマでした