日記始めた頃のことを振り返りつつ

先日、高校の同窓生同士のこじんまりとした集まりがあって、ご一緒させていただいた女性が「変化のないまま老後を迎えるのかと思っていたけど、何か新しい事を始められそうな気がしてきた」みたいな事を言っていて人との出会いとコミュニケーションってエネルギーを生むんだなと思った。

この日記も始めた当初の目的は古い仲間同士の近況報告にどうかなというもので、提案を受けて書き始めて4年半。読後感想、時事問題、家族のこと、いろいろと書いているうちに、日記に興味を持っていただいてお誘いいただいた交流会だったり、オフ会なるものから、広がっていった人の輪。

日記を書き始めたあの頃、実を言えば仕事も宙ぶらりんで、もてあまし気味のエネルギーを毎日の日記の更新にあてていたのだった。

そんな日記に興味を持ってくれた人からのコメントから、自分の価値を(大げさに言えば)再確認できたことで、仕事も、また新たなチャレンジをしてみよう、とそんな気持ちになっていった。

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コミュニケーション(リアルであるにせよ、バーチャルであるにせよ)を通じて誰かの役に立つ、というのは、実は相手だけでなく、自分にとってのエネルギーになるんだなと思う。

報酬をもらってやる仕事には、得られた報酬と与えた貢献との釣り合いを意識せざるを得ないもの。でも、ネットを通じたFREEという形でのやりとりは、お金とは別の「価値のつりあい」で人と人との関係が保たれている気がする。

目に見えない価値、そして切ろうと思えば簡単に切れてしまう細い糸のような関係。でも、それが継続しているのだとしたら、その価値の意義ってお金に換える事のできない意味があると言えないか。

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仕事や家族と離れた、別の場を持つ事で、異なる視点から与えられたヒントが、次のアイデアへのヒントになる。そういえば、このところ選ぶ本は、だれかのレビューに刺激を受けて、というのが多い。

twitterはたった140字に込められる情報の濃さを教えてくれていて、毎朝の茂木健一郎の連射つぶやきなんかは、天声人語なんかより、よっぽど面白い。

たった4年なのに、随分とネットの世界は移り気で、web2.0と言っていたのに、今はクラウドかな。でも、クラウドも年がら年中繋がっている環境に自分がいるわけじゃないから、手元に情報を置いておけるevernoteの方が重宝かな、とか。

まだまだ、ネットの世界は興味はつきない。

でも、ネットを切り離してPCの電源も落とした読書や会話の時間の方が、僕は実は好きなのだった。