今月の文芸春秋六月号『零戦と戦艦大和』から

当時世界最高の技術を誇る兵器の強さともろさを徹底議論という内容。

3000kmという航続距離と小回りのきくぬきんでた運動性能の両立を実現できたのは当時零戦だけだった。戦争初期では連戦連勝、空冷エンジンモノコック構造、優れたエレクトロニクスに特徴があった。米国に零戦が捕獲され、高高度、高速戦闘が苦手である事が分析されてからは苦戦。

戦艦大和の9門の46cm砲は42kmという世界一の射程距離を持ってはいたが、移動する敵艦にはほとんど命中しなかった。国家予算の4%をつぎ込んで作ったものの、トラック島では石油の備蓄がなく出撃できず、唯一の役割は抑止力と国民の精神的な支え。

気になった話のポイントは
1. 大和も零戦も現場の「すり合わせ技術」の賜物という点
2. 世界一のものを造り上げたという国民の誇り

この二つが戦後の日本の製造業の強さの理由の一つであったのは事実だと思う。「すり合わせ技術」というのは図面には表せないような経験に裏打ちされた細かな調整技術を重ね合わせて、無駄を排除し部品と部品を高精度につなぎ合わせ製品の完成度を高めていく技術の事。

廉価な大衆車であっても異音を発する事無く故障の少ない日本製の自動車とか磁気テープにドラムを巻きつけ安定に高速回転させながら磁気記録していくメカトロニクスの粋を尽くしたVTRとかにその技術の高さがうかがえる。

戦争は負けたが、技術は一流だったという戦後の技術者達の誇りが、自動車、家電、そして新幹線を産んだのだと思う。

ここまでは文芸春秋にも書かれていた内容。


さらに話を現代に推し進めて、今はどうだろう?
日本が「すり合わせ技術」にこだわっているうちに、PCと携帯電話に代表される別の技術が台頭した。キーワードはアーキテクチャとモジュール化だろうか。パラダイムシフトという言い方もするが。

「すり合わせ技術」が競争力の源泉である自動車産業は今も競争力を保ちえているが、パラダイムシフトが起きた電機業界での再編話が紙面をにぎわしているのはそのためだ。

この話の続きはまた別の日に。