JAL 上海羽田間定期便 35年の月日を経て

今日、羽田上海定期便をJALが開設って、35年前の今日は日中間の国交が正常化された記念日なんですね。あれは角栄さんの時代かな。

羽田空港は2010年にはもう一本滑走路が増えて(合計4本?)年間40万回の発着が可能になるという。増えた分を国際便に優先的に回す事が必要だと思うけど成田空港の地位低下を心配する千葉県知事さんは反対らしい。

Google map で見るとわかるように、成田空港の北側の滑走路はターミナルから離れ、分断されて本来予定されていた場所からずれて更に北側に作られている。先週の朝日新聞の夕刊に分断された滑走路に挟まれた農地で有機栽培農業をやっている農家の女性の写真が出ていたけど、三××闘争なんて若い人は知らないだろうな。

成田空港開港時の土地収用が地権者の合意が得られず強引に進められた過去があったのかも知れない。だが、それから何十年間不自由を強いられた成田空港とその利用者(国民)が負った不利益はあったはず。それでもなお守り通そうとした思想や思いは何だったのか。闘争というけど何と戦ったのか。

数年後成田空港はアメリカとヨーロッパへの国際便だけのためのターミナルになっている気がする。35年前の日中国交正常化学生運動もなんだか遠い昔。