揺れに身を任せて、すすきのごとく

家の近所を散歩していたら、目線より高い位置の空き地でススキが揺れているのに気が付いた。青い空を背景に風に揺すられていたススキ

風の強い時に一斉に同じ方向に揺れるススキというのも絵になるが、風があるかないか分からないのに、穂を揺らすススキの方が、その風情を楽しめると思う

そんな道端に生えている雑草なんぞに見とれている自分は、はたから見たら馬鹿みたいなんだろうけど、「無駄な時間」というのは、人が心を再生するのに必要な「間」なんじゃないかな

一分の隙もなく、改札から吐き出されて整然と列をなしてオフィスに流れる都会の通勤風景が、時折、規則に縛られた囚人の群れに見える時があって、誰もが同じ速度と同じ「間」を開けて、交互にぶつかりあう事もなく、巧みに運ばれてゆく都会の朝の通勤。

「今日はススキに見とれていたら会社に行くの嫌になって、下りの電車で海を見にいっちゃいました」という理由で仕事休める職場の方が、クリエイティブな仕事には向いていると思うけど、そんな職場は無いのかな…

ススキに引き付けられるのって、お米を食べてる日本人は稲を連想するからなのでしょうかね?ススキ、月、お団子、そに組み合わせも秋のひとつの風景ですね

ハロウィンより、月に団子の方がしっぽりくる気がするのは、歳を重ねたからなのでしょうか(笑)