知的財産権

昨日ラジオから流れていた曲が耳から離れない
歌詞をGoogleで調べてみたらケツメイシの「冬物語
youtubeにuploadされていたプロモーションビデオはお子様にはちょっと刺激的

著作権侵害でTV局から訴えられたりしてyoutubeも少し行儀良くなってきたように思える。ところで、この著作権特許権等の知的財産権にはどのような根拠があるのだろう。

当たり前の思われている権利、これらには権利として認めるだけの理由があるはずだ。


特許権とは人より先んじてある技術を発明した人に対して独占的に使用する権利、あるいは他人が使う事を許可する事でライセンス料と呼ばれる報酬を得ることを保証する制度のこと。

なぜ認められているのか?
発明された新しい技術を広く人類共通の財産とすることが産業の発展に役立つ考えられているからだ。

かりに特許権というものが無かったとしよう
人に新しい技術を知られて自分が得をすることは何も無い。だから発明者は新技術を秘匿して他人に知られないようにすることになる。そうするとあっちでもこっちでも知らない者同士が同じ技術の開発を推し進める事になり、この事は技術を人類の財産とする上では非効率的である。

そこで、ライセンス権というのを与えてあげるから、発明した技術を公開してね。というのが特許権を認める根拠となっている。


著作権は音楽、映像、書籍、などに認められているわけだが、これも国民の文化向上に役立つからこそ認められているのであろう。文化的な創作活動をするアーティストや作家の収入を支えるための仕組みと考えれば分かりやすいのかもしれない。

映画が上映されてすぐに違法コピーがされてネットで自由自在にダウンロードされ、結果として映画館に足を運ぶ人やDVDを買ったり借りてきたりという方法で映像を見る対価としてお金を払う人がいなくなれば、数十億円の制作費のかかるハリウッド映画は作られなくなってしまう。

一方、音楽の世界では歌手マドンナがレコード会社との契約を打ち切ってしまった。彼女はCDを売ってその版権から得られる収益をあてにすることなくコンサートにより稼ぐことができるからだそうだ。したがって、マドンナ自身にとっては音楽が違法コピーされてCDの売り上げが落ちてもなんら困ることはない。このマドンナのケースでいえば、著作権が守るものは何かといったらアーチストの利益ではなくCDを売って儲けることをビジネスとしているtower recordであり、CDを作っているワーナーということになる。

著作権の歴史は興味深い。Wikipediaによれば、著作権の対象は昔は書籍だけで音楽は対象外、モーツアルトも盗作を行っていたという。これは書籍がグーテンベルグの発明した印刷技術によりコピーが容易であったのに対して、当時音楽は生演奏しかあり得なかったからだろう。(レコードが発明されるのはその百年後だし)

書籍や音楽そして映像の再生手段、複製手段、配送手段、これらの技術が進化するたびに著作権も見直されてきたというのがこれら歴史の語ることだろう。

パソコンとハードディスクとインターネットの進化が著作権が何のためにあるのかという問題を喚起しつつあるように思える。

誰のための著作権なのか。
CDの売り上げの落ちている音楽業界、ネットをプロモーションの手段として利用しようとするアーティスト、コピー制限の課せられるデジタル放送、新しいメディアの登場で作り手の権利とユーザの使い勝手をどう両立させるのか。まだまだ検討は始まったばかりだ。