万物には八百万の神が宿る

ここのところ携帯電話をSoftbankからauに乗り換えようと思って、電器屋で機種選びをしていた。いよいよ捨てられるという事を感じ取った我が携帯電話君が機嫌を損ねて、故障してしまったらしい。

昔、長年連れ添った愛車を手放した時も同じような体験をした事がある。
車の乗換をするためにディーラめぐりを始めて間もなく、乗っていた車の調子が突然悪くなった。バッテリーが上がったり、ランプが点かなくなったり。

その事件があって以来、愛着のある物(車だったり電気製品)には意志というか意識があって、別れが近づくと愚図り出すものだと思っている。

そんな事を考えていたら、こんなブログに出くわした。

「意識の謎を解いてみました」
http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20070204/1170557201
意識のある人間も、ない人間も、外部からの刺激に応じて行動するだけで、外部から見ただけでは、その人間に意識があるか無いかは、原理的に判別不可能なのです。逆に、冷蔵庫やパソコンに感覚や意識があったとしても、あなたはそれに気がつくことはできません。

まぁ、極論ではありますが、ロジカルに突き詰めるとこういう結論も導けるという事ですね。